日々のこと

当たり前の日常が当たり前でなくなったその瞬間(ドイツでの日々と帰国してから)

ベルリン 桜

ドイツから日本に帰国して、2週間が経ちました。

自主隔離の期間を終えて、さて実家にと行きたいところですが、残念ながら、もう1週間ホテルでの生活を続けることにしました。

先週末に3日間微熱が続き、体調が悪かった期間があり、症状としては、微熱・食欲不振・鼻水・頭痛と新型コロナウィルスの可能性は高くないとはいえ、このまま実家に帰ることが不安になったからです。

とはいえ、今はすっかり体調も戻り、元気です!

せっかくなので、この期間にドイツで体験したこと、日本に帰国して思うことを綴っておこうと思います。

ドイツでの生活を振り返って

2019年11月末に渡独して、4月初めに日本に帰国しました。約4ヶ月間のドイツ生活は、夢のような日々でした。

ベルリンに到着した日のことは、今でも鮮明に覚えています。ハンブルクからICEに乗って、到着したのはすっかり暗くなった夕方のベルリン中央駅。SIMカードもなく、駅のWi-FiとGoogle mapを頼りに、雨が降りしきる中、パンパンに詰まったスーツケースから傘を取り出すこともできず、びしょ濡れになりながら、友人の部屋に向かいました。

その部屋は4人WGで、友人はロンドンに出張でおらず、部屋のオーナーが温かく迎えてくれました。暖かい部屋とベッドにすぐに眠りにつきました。

ベルリン中央駅の周りはお店も少なく、ベルリンは暗くて、寒いという印象でした。

友人の部屋で1週間程生活した後は、クロイツベルクのフラットに引っ越し、その後は、プレンツラウアーベルクのフラットに引っ越しました。

11月末に行ったこともあり、冬のベルリンは寒く、暗く、毎日雨や曇りの天気ばかりでした。ミュンヘンやハイデルベルクなどとは、異なり、ベルリンは近代的な建物も多く、グラフィックアートが街の至るところに描かれていて、他のドイツの都市とは異なる印象でした。

正直、どちらかというとごちゃっとしていて、汚いという印象のベルリンでしたが、住めば都というもので、いろいろなものがあり、様々な人が暮らすベルリンは、居心地のいい街に変わっていました。

このままベルリンでずっと生活し続けたいとも思いました。

ドイツ語はあまり上達しませんでしたが、ベルリンの街を知っていき、仲の良い友人もでき、寒い冬が終わりに近づき、毎日楽しかったです。

これから春が訪れて、青空の下を自転車で走りながら、ベルリンで過ごすのが、本当に楽しみでした。

日常が日常でなくなるその瞬間

当たり前のように、ドイツやヨーロッパで春・夏・秋を過ごせると思っていました。

3月中頃から、ドイツの状況は一変しました。幸運にも、ベルリンは外出禁止になったわけではなかったので、気分転換に自転車で街中を走っていた時に、それを実感することができました。

今まで開いていたお店はほとんどがクローズで、お気に入りのカフェ、行ってみたいと思っていた可愛いワンピースの並ぶ洋服屋さん、街中のお店の多くが閉まっていました。

多くの観光客でにぎわうブランデンブルク門やベルリン大聖堂の前もがらんとしていて、今まで当たり前だったものが当たり前でなくなりました。

1年ちょっとドイツに滞在する予定をしていたので、「ベルリンにもまだしばらくいれるから、もう少し暖かくなって、天気が良くなったら、行こう。」「また今度来た時でいい。」そんな風に考えていたのを後悔しました。

人はきっと失わないと気づくことができません。あの時ああしておけばよかった。後悔しないようにしたい。なんとなくイメージしていても、それを実感するには、経験が伴わないと難しいです。

新型コロナウィルスの影響で、強く感じました。また来ればいいって思っていても、次の機会が来る保証なんてどこにもありません。

きっと時間が経つにつれて、その焦燥感や感情は少しずつ薄れていきます。それでも今感じたこの気持ちを、忘れずに心に強く刻みたい。

日本に帰国して感じること

誰もが想定していなかったこの状況。

私もまさか、ドイツに行っている間に、こんなことになると思っていませんでした。行きたい場所ややりたいことがたくさんあり、ワクワクしていたタイミングで、本当についていないなと感じました。

帰国するか本当に悩みましたが、帰国してよかったと思います。

ドイツは非常にいい国ですし、多くの感染者を出しながらも、医療崩壊を引き起こすことなく、他国から重症患者を受け入れる余力もあります。

もしかすると、自分自身が新型コロナウィルスに感染した場合の対応については、日本よりドイツの方が優れいているかもしれません。

ただし、言語の問題もありますし、日本の家族がもし感染した場合を考えると日本にいる方が安心です。また、日本に帰国したことで、日本の問題に直面することができました。

毎日溢れる新型コロナウィルスのニュースはどれも苛立ちを覚えずにはいられませんでした。正直、テレビを見ていると気が滅入るので、見るのをやめたほどです。

いかに、日本の政府・政策・報道がおかしなものかというのを直に感じました。もちろん全てがダメというわけではありませんが、溢れる情報の中で、大切なポイントをどのように精査するか個人の意識と能力が必要です。

今は一時的に気が滅入って、情報をシャットダウンしていますが、精神的に落ち着いてきたら、向き合わなければいけません。

自分の今後について

1年間のワーホリから帰国してから、何をするかということはいろいろ考えていました。ただし、途中帰国した場合の道筋については、全く考えていませんでした。

当初は、もしかするとビザの期間に、再度ドイツに渡航できるかもしれないという淡い期待もありましたが、現在その考えは微塵もありません。

夏までに、新型コロナウィルスが収束して、ヨーロッパを旅できるようになるのは、想像できません。残念ながら、私のワーホリビザの期間に、ドイツに戻ることはできません。

これから日本で何をするか考えなくてはいけません。

  • 一般企業に以前の職歴を活かして就職する
  • フリーランスで仕事を獲得できるようにする
  • 一定の期間勉強して、新たな職種に就職する

今考えているのは、大きく3つです。1番有力なのは、「一般企業に以前の職歴を活かして就職する」です。副業をある程度形にした上で、就職したいと考えています。(自由な生活を過ごしすぎていて、今すぐに企業に属して働けるかは、正直自信はないですけどね…w)

新型コロナウィルスの感染によって、様々な機能が停止していく中で感じたのは、収入を得る方法は複数必要だということです。日本は国からの支援が脆弱で、想定外の自体が起きた時に、頼るのが難しいです。

所属している企業が倒産するかもしれない、失業するかもしれない、様々なリスクを考えた上で、今後どのように生活をしてくか考えるきっかけになりました。

まだ、どうするか完全に答えは出せていませんが、意外と人は強い生き物です。失敗を恐れずに、新たなことに挑戦しながら、自分の可能性や将来を見出していきたいと思います。

家族の大切さを実感

海外に行く時に、もし親類に何かあっても、すぐに日本に帰ることができないというのは、覚悟していました。

ただ、いざこのような状況になり、それが身近なものになった瞬間に、日本に帰国したいと感じました。

私にはまだまだ覚悟ができていなかったのだと思います。いかに自分にとって、家族が大切な存在なのか、それを実感することができました。またいかに自分が家族や周りの人に恵まれているかも実感しました。

また、ドイツにいる時に感じたのは、パートナーや家族を持ちたいということです。1人で生活する異国の地で、新型コロナウィルスによって、人と会うことが制限される中で、信頼できて、一緒に過ごすことができる人の存在を強く欲しました。

今までは、いろんなところに行きたいし、いろんなことをやりたいと思っていましたが、「誰かと一緒に」という気持ちが強くなりました。

両親や兄弟を大切にしながら、自分の将来についてもより具体的に考えていいきたいと思います・

まとめ

帰国してから感じることやドイツで実感したことを、忘れないために、書留ました。

買い物に行ったり、旅行に行ったり、レストランに食事をしに行ったり、友達と遊ぶ。そんな今まで当たり前だったことが、どれだけ幸せなことかというのを実感しました。また当たり前だと思っていることが、これからも当たり前かというと何の保証もありません。

きっと、時間が経過するとともに、記憶や感情は薄れていきます。少しでも文字に残すことで、この感情を忘れずに、今の時間を大切に生きていきたいと思います。

これから日本は更に、状況が変化していくと思います。私にできることは、わずかではありますが、自分に何ができるかよく考えて、行動していきます。

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